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東京地方裁判所 昭和62年(行ウ)28号 判決

原告

本間敏雄

右訴訟代理人弁護士

古川景一

被告

王子労働基準監督署長渡辺秀治

右指定代理人

村上昇康

小林辰夫

佐藤親弘

楜沢史雄

川橋勝

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告

被告が原告に対し昭和五七年九月七日付けでした労働者災害補償保険法による療養補償給付及び休業補償給付不支給決定並びに昭和五八年六月二九日付けでした療養補償給付取消決定を取り消す。

二  被告

主文と同旨

第二事案の概要

一  当事者間に争いがない事実

1  事故の発生

原告は、昭和五五年三月一四日午後二時三〇分ころ、勤務先の昭和重機株式会社王子工場において、ボール盤で穴あけ作業に従事中、芯合わせのためかがみ込んでいたところ、ボール盤のハンドルが落下し、原告の頭部を強打した(以下「本件事故」という。)。

2  その後の経過

原告は、三月二一日自宅で転倒し、翌二二日、岩槻中央病院に受診し、三月二四日、再度同病院に受診して検査を受け、即日入院して治療を受けたが、四月七日、東京厚生年金病院に転院し、四月一四日脳動脈瘤クリッピング術を受けた。

3  本件各処分

(一) 原告は、被告に対し、昭和五七年三月九日受付で休業補償給付請求書(療養のため労働できなかった期間を昭和五五年七月一日から昭和五七年三月九日までとする。)を提出した。

(二) 被告は、同年九月七日付けで、右休業補償給付及び東京厚生年金病院から請求のあった療養補償給付について、不支給の決定(以下「本件不支給決定」という。)をした。

(三) 被告は、前記の岩槻中央病院での治療費について、昭和五五年七月一四日及び同年九月一二日に合計五二万九〇四〇円を支給したが、昭和五八年六月二九日付けで右の療養補償給付支給決定の取消決定(以下「本件取消決定」という。)をした。

4  本件各処分に係る原告が岩槻中央病院に受診した昭和五五年三月二二日以降の原告の疾病(以下「本件疾病」という。)は、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血である。

二  争点についての当事者の主張の要旨

本件の中心的争点は、本件疾病が本件事故によるものであるか、業務起因性があるかである。

1  原告

(一) 業務上外認定基準について

業務起因性の判断は、労災補償制度を適用して救済すべきか否かを判断する法律判断であり、医学上の知見はこの法律判断を補助するにすぎない。そして、この場合の医学的証明は、厳格な証明を要求されないと解すべきである。

業務上外認定は、業務内容、従事期間、作業環境、取扱機械・原材料の有害性、医学上の経験則、臨床所見、発病経過、症状経過、発病前の既往症、類似の発症例の有無等の諸要素を総合的に判断すべきである(総合判断性の原則)。

(二) 本件疾病の業務起因性

(1) 原告は、本件発症前一〇年間以上内科的疾患により医師の診察を受けたことがなく、病的な動脈硬化や、高血圧の症状はなく、自然増悪による脳動脈瘤破裂を生じるような素因はなかった。

(2) 本件事故の衝撃力は極めて大きく、原告は、激しい痛みのため三〇分ないし一時間その場で休養せざるを得ないほどであった。本件事故のショックにより、原告に一時的かつ急激な高血圧状態が発生した。

(3) 原告は、本件事故後頭がボーッとした二日酔いのような状態が続き、本件事故以前していた晩酌をしなくなった。

(4) 原告は、昭和五五年三月二一日、気分が悪いため欠勤し、自宅で休んでいたが、午前一〇時三〇分ころ用便直後廊下で倒れ、頭痛を訴え、嘔吐した。

(5) 脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の場合、小さな破裂と出血があり、間もなくしてその傷が一旦閉じる初回発作があり、それに続いて二週間以内に同じ場所が大きく破れる再発作が生じる例が半数以上を占める。初回発作の症状は、頭痛、嘔吐等であるが、その程度が軽微で再発作まで気づかないことも少なくない。原告の前記のような経過は、くも膜下出血の典型的な経緯と合致する。

そして、頭部打撲により脳動脈瘤破裂、くも膜下出血が起こることは経験則上明らかである。右軽微な出血の原因としては、本件事故による頭部打撲以外になく、右頭部打撲により急激な血圧の上昇があり、そのため、血管に小破綻が生じ小出血が生じた。

(6) 関東労災病院脳神経外科の大野恒男医師は、CTスキャンの所見から三月二二日以前に軽微な出血があったと鑑定している。したがって、医学上の検査によれば、同日以前に軽微な出血があり、それが三月二一日になって大破綻(脳動脈瘤破裂、くも膜下出血)に至ったことが明らかである。

(7) 以上によれば、原告の本件疾病が本件事故によるもので、業務に起因するものであることが明白である。

(8) また、労働省の昭和六二年一〇月二六日基発第六二〇号通達「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」は、脳血管疾患及び虚血性心疾患等が業務上の負傷に起因すると認められるための要件として、〈1〉負傷による損傷又は症状と発症した疾病との間に部位的又は機能的な関連が医学上認められること、〈2〉負傷の性質及び程度が疾病の発症原因となり得ることが医学上認められること、〈3〉負傷から症状の出現までの時間的経過が医学上妥当なものであること、と定めているが、原告の場合右要件を充足しており、右通達によっても本件疾病が業務に起因することが認められる。

2  被告

(一) 本件事故による頭部打撲の程度は、軽微であった。すなわち、打撲による衝撃の程度は、正確には確定できないが、二kgfの鉄棒が二〇センチメートル程度落下して当たったときの衝撃にほぼ等しく、また、原告は、本件事故後仕事を続け、入院するまで普通に仕事に従事していたこと、原告に本件事故による切創、挫創等の開放性損傷や失神、出血、意識障害はなく、岩槻中央病院での診断でも打撲による異常所見の記録がないことから、右打撲は頭蓋内に病的な変化を生じる程度ではなく、軽微であった。

(二) 特発性くも膜下出血の原因は、ほとんどが脳動脈瘤の破裂である。そして、一般に、中高年齢者の場合、脳動脈瘤は、日常生活の中で自然に進展破裂する可能性が十分存在し、頭部打撲等の外的要因がなくても破裂し得るものであり、その誘因の明らかでない場合のほうが多い。

(三) 原告の脳動脈瘤破裂の経緯は必ずしも明らかではないが、臨床症状として出血したことが明確に認められるのは、自宅で用便後転倒した昭和五五年三月二一日と入院後の同月二六日である。このことは、右転倒後くも膜下出血の一般的な初発症状である激しい頭痛、嘔吐を呈していること、三月二四日のCT検査で右側頭葉に低吸収域所見が認められていること、入院直後頭痛等自覚症状は軽快傾向にあったが、三月二六日早朝から再び頭痛を強く訴え、翌二七日には左半身不全麻痺が出現しており、同月二六日のCT検査で高吸収域が認められていることから明らかである。

本件事故直後、原告には、特発性くも膜下出血に特有な激しい頭痛、悪心・嘔吐等著明な初発症状の出現がみられないのであり、その後一週間は、日常生活でも、勤務状態でも普通に送っており、特に頭痛などの症状はなく、頭がボーッとするなどの訴えも三月二一日の三、四日前から言い出したもので、毎日言っていたわけではない。

臨床的に明らかな出血の事実からすれば、原告の本件疾病は、自然破裂する可能性のある大きさの脳動脈瘤(長径八ミリメートル、最大径六ミリメートル)を主因として、動脈瘤破裂に悪影響を及ぼすことが医学的に認められている三月二一日の用便後の出血で発症し、同月二六日再出血したものと考えるのが医学的にも妥当というべきである。

以上によれば、本件事故によって、くも膜下出血が生じたものとはいえない。

第三争点に対する判断

一  労働者災害補償保険法一条にいう「業務上の事由による労働者の負傷、疾病、障害」に該当する場合及び労働基準法七五条一項(同法七六条一項も同じ)にいう「業務上負傷し、又は疾病にかかった場合」とは、右負傷又は疾病と業務との間に相当因果関係のあることをいうと解すべきである。

二  原告は、本件事故により原告の脳動脈瘤が破裂して出血し(初回発作)、更に昭和五五年三月二一日再発作があり脳動脈瘤が破裂してくも膜下出血を起こしたのであるから、本件疾病は業務に起因すると主張するので、以下検討する。

1  くも膜下出血は、通常、特発性(脳動脈瘤の破裂、脳動静脈奇形などが原因でくも膜下腔へ露出した血管の破綻によって起こる。)、続発性(脳出血、頭部外傷等で脳実質内の出血が脳室あるいはくも膜下腔へ破れて起こる。)、症候性(脳腫瘍等の基礎疾患の経過中にみられる。)くも膜下出血に大別される。

特発性くも膜下出血の原因となる脳動脈瘤は、原因により、細菌性、動脈硬化性、外傷性動脈瘤、嚢状動脈瘤などに大別されるが、最も多いのが嚢状動脈瘤であり、嚢状動脈瘤の成因に関しても先天説、後天説、先天・後天合併説などがあり、このうち先天性に動脈の中膜及び弾力線維の発育不全、欠損により動脈壁に薄弱部が生じ、動脈圧により突出膨隆して嚢状動脈瘤ができるとする考えが有力である。破裂動脈瘤と非破裂動脈瘤を比較すると、破裂動脈瘤の多くは最大外径五ミリメートル前後のものが最も多いのに対し、非破裂動脈瘤のほとんどが二ミリメートル前後であり、四ミリメートルを超えると破裂しやすくなると考えられている。

くも膜下出血の発作時の状況は、仕事中、用便中、睡眠中、歩行中、入浴中、談話中、食事中、運動中、飲酒中などがあり、あらゆる状況下で起こり得る。その初発症状は、頭痛(突発性に起こる激しい頭痛)、悪心・嘔吐で始まることが多く、頭痛に引き続いて意識障害をきたすことも少なくなく(一般には発作後の意識障害は軽度で一過性のことが多い。)、その他髄膜刺激症状である項部強直、ケルニッヒ徴候、痙攣をみることがある。一般に、発作後二ないし三日間は軽度の発熱と、呼吸数と脈拍の軽度の増加を示す。

くも膜下出血では、初回発作に引き続く再発が多く、動脈瘤破裂の場合では五〇ないし七〇パーセントが再発する。再発作は、初回発作後二週間以内が最も頻度が高く、再発作例の約半数がこの時期に起きている。

(〈証拠略〉)

2  本件事故前後の原告の症状等は以下のとおりである。

(一) 原告は、本件事故前はほとんど欠勤をしたことがなく、高血圧症や病的な動脈硬化もなかった。

また、原告は、本件事故以前に本件事故と同様にハンドルが落下して頭部を打撲したことが年に一、二回あり、そのときは激痛があったが、そのための出血等はなく、瘤ができる程度であった。

(〈証拠略〉)

(二) 本件事故直後の原告の様子について、(証拠略)(原告の事情聴取書)には、蛍火が飛ぶような光を感じ、余りの痛さに手を頭に当てて三〇分ないし一時間位しゃがみ込んでいた旨の記載があるが、他方、(証拠略)(原告の同僚の佐藤朗の事情聴取書)には、右佐藤は、本件事故を見ておらず、原告が頭を打ったと言ったので知ったのであるが、原告は頭に手を当てていたものの、痛がってしゃがみ込むようなことはなかったとの記載があり、そのいずれとも確定し難い。

(三) 原告は、本件事故後定時まで勤務し、翌日以降も三月一九日まで通常どおり勤務についている。三月二一日朝気分が悪いと訴えるまで、原告は、頭が重く、ボーッとして二日酔いのような状態にあり、煙草がまずいと感じていたが、頭痛を訴えたことはなかった。そして、原告は、本件事故当日は頭がボーッとして飲酒したくなかったので晩酌をせず、その後も飲酒したくなくなってきていたが、三月二〇日(休日)には、親戚の者が訪れ、飲酒した。(〈証拠略〉)

(四) 翌二一日朝、原告は気分が悪く、欠勤した。そして、午前一〇時三〇分ころ用便をした直後廊下で転倒し、頭部を打った。その直後から、原告は、頭痛を訴え、嘔吐し、また悪寒がした。原告は、その後終日頭痛を訴え、そのつど頭痛薬を服用したが、その日は一日休んでいた。(〈証拠略〉)

(五) 三月二二日、原告は、岩槻中央病院に受診し、頭痛を訴え、医師には、前日転倒して頭部を打撲したことを話した。三月二四日、同病院に受診し、右片頭痛が続いていると話し、検査を受け、即日入院した。CT検査の結果、右側頭葉に低吸収域が認められた。原告の主訴は、右頭部重圧感であり、看護記録には、三月一四日の頭部打撲と同月二一日の転倒の事実を述べた記載がある。(〈証拠略〉)

(六) 三月二六日、造影剤を使用したCT検査が行われた結果、高吸収域が認められた。また、原告は、三月二五日夜から激しい頭痛を訴え、同月二七日には左半身のしびれを訴えている。(〈証拠略〉)

(七) 四月二日、脳血管造影が行われた結果、強い血管の痙攣があり、脳動脈瘤が疑われ、東京厚生年金病院へ転院することとなった。(〈証拠略〉)

(八) 四月七日東京厚生年金病院に入院した際、原告には、軽い意識障害と左不全麻痺があり、その後の検査で脳動脈瘤、血管攣縮が認められた。東京厚生年金病院で、四月一四日開頭手術が行われ、右中大脳動脈にある動脈瘤のクリッピング術が施された。原告の動脈瘤の大きさは、長径八ミリメートル、最大径六ミリメートルであった。(〈証拠略〉)

3  原告の前記臨床症状からすると、明白に脳動脈瘤破裂による出血がみられたのは、三月二一日の午前中である(〈人証略〉)。そして、原告の同日以降の臨床症状及び検査結果は、前記認定のくも膜下出血にみられる症状、経過に符合する。

4  そこで、原告が主張するように、本件事故によって原告の脳動脈瘤が破裂し、三月二一日ころにくも膜下出血の再発作が起きたと認められるかについて判断する。

(一) 脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の誘因は、前記のとおり種々あるが、その原因が明らかでない場合もある(〈証拠略〉)。また、一般に、頭部を打撲したことにより一時的に高血圧となり脳動脈瘤が破裂することはあり得ることである(人証略)。本件事故の衝撃力は、原告の姿勢、ハンドルが原告の頭部に当たった角度、当たったハンドルの箇所等により異なるが、これらを確定しうる的確な証拠はなく、したがって、その衝撃力がどの程度であったのか明らかではない。しかし、本件事故により原告が失神したり、切創、挫創、頭部外傷による出血があったことは認められず、その衝撃により外傷性くも膜下出血が起きたことを認めることはできない。また、本件事故により直接三月二一日に原告の脳動脈瘤が破裂したと認めることのできる証拠はない。

(二) 脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血は、前記認定のとおり激しい頭痛、悪心・嘔吐で始まることが多いのであるが、本件事故後三月二一日の午前中頭痛等を訴えるまでは、原告には、右のような頭痛、悪心・嘔吐はみられない。原告は、本件事故直後激しい頭痛のため三〇分ないし一時間ほどしゃがみ込んでいたと主張するが、前記のとおりこれを認めることはできない。また、(証拠略)、本件事故による頭部の痛みはそれまでのときと全く違い非常に激しい痛みであった旨の記載があるが、仮に右のとおりの痛みであったとしても、これがくも膜下出血の初発症状に見られる激しい頭痛であるのか頭部打撲による痛みであるのか判然とせず、本件全証拠によってもいずれとも認定し難い。

(三) 三月二四日のCT検査の結果、側頭葉先端に挫創、低吸収域があると診断されているが、(証拠略)(大野医師の鑑定書)には、右の低吸収域があることから、同月二二日以前に極軽微な出血があり、そのための脳実質の病変の可能性がある旨の記載がある。

しかし、証人大野恒男は、右CT検査の結果について、本件事故後に脳動脈瘤が破裂したことによるものとは断定できず、三月二一日の脳動脈瘤破裂によることの可能性もあると供述し、また、極軽微な出血の結果低吸収域として残存することはあり得ないとの(証拠略)の鈴木敬医師の見解に対し完全な反論ができないことも認めており、右CT検査の所見は、三月二一日より前に原告の脳動脈瘤が破裂していたことを裏付けるものと認めることはできない。

(四) 証人大野は、(証拠略)の鑑定書の判断について、本件事故と脳動脈瘤破裂が何か関係があるような気がするので、本件事故が誘因となったことを否定できないと判断したものであり、本件事故後から原告の訴えが続いているので因果関係がないとは言い切れない旨供述する。

しかし、同証人は、本件疾病が本件事故によるものか三月二一日に起きたものか医学的にはいずれの可能性も否定できず、したがって、本件事故が誘因となったことを否定し得ないという程度の判断しかできないと供述するのみならず、原告が本件事故後訴えていた内容は前記のとおり頭がボーッとするとか煙草がまずいとか頭が重いとかいうものであるが、これらは、くも膜下出血にみられる一般的な初発症状である頭痛、悪心・嘔吐、項部強直、ケルニッヒ徴候等の髄膜刺激症状とは異なるのであるから、右訴えがあったことから、本件事故によって脳動脈瘤が破裂し、そのために右のような症状が出たと推認することはできず、証人大野の右供述をもって、本件疾病と本件事故との間に相当因果関係があると認めることはできない。

(五) (証拠略)(東京厚生年金病院医師吉益倫夫の意見書)には、原告の脳動脈瘤破裂が頭部外傷により誘発された可能性を否定できないとの記載がある。しかし、右は、一般論としてその可能性を否定できないとする以上の意味があるものと解することはできないから、右意見書は、本件疾病が本件事故によるものであることを認める証拠とはならない。

(六) 脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血は、初回発作に引き続き再発する例が多く、再発例の多くが初発後二週間以内に起きているのであるが、以上認定した本件事故直後及びその後三月二一日朝までの原告の症状が脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血に見られる一般的初発症状とは異なること、原告が本件事故後三月一九日まで通常に勤務していること、岩槻中央病院で診察を受ける直前に起きた三月二一日午前中の用便直後の頭痛・嘔吐等の症状、医学的検査の結果、原告の脳動脈瘤が四月一四日には長径八ミリメートル、最大径六ミリメートルであり、自然に破裂する可能性のある大きさであったことから、これが自然増悪して三月二一日ころに破裂した可能性も否定できないこと等を総合すると、三月二一日より前の時点で原告の脳動脈瘤がすでに破裂していた可能性を全く否定することはできないが、その蓋然性は三月二一日ころに破裂したことに比べると極めて少ないというべきであるから、本件事故により原告の脳動脈瘤が破裂し、更に再発作により本件疾病が起きたものと判断することはできない。

三  原告は、労働省昭和六二年一〇月二六日基発第六二〇号通達「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」に照らしても、本件疾病の業務起因性が認められるべきであると主張する。しかし、以上認定したところによれば、原告の脳動脈瘤が昭和五五年三月二一日ころに初めて破裂してくも膜下出血を起こした蓋然性が高く、原告の本件事故後くも膜下出血が明白に認められる同日までの間の症状は、前記のとおり脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血に見られる一般的な初発症状とは異なるものであって、右通達に定める前記第二の二1(二)(8)記載の〈1〉及び〈3〉の要件を欠くものといわざるを得ないから、原告の右主張は採用することができない。

四  結論

以上によれば、原告の本件疾病が業務に起因するものとは認めることができないから、本件各処分に原告主張の違法はなく、本件不支給決定及び取消決定はいずれも適法である。したがって、原告の請求をいずれも棄却する。

(裁判長裁判官 草野芳郎 裁判官 竹内民生 裁判官 山本剛史)

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